2019年10月06日
姿勢をつくるもの
ブログ

「字を書く」というレッスンでした。
その方は、「字を書く」行為について、何度もいろいろな先生からレッスンを受けてきて、随分と変化してきたようです。
今回も、不必要な動きに気づいたようですが、その無意識な動きを止める時に、
「字を書く」行為は、その方にとっては「勉強する」という意味を持っていた、そしてその方は「勉強が大嫌いだった。」と話されました。
「字を書く」という行為に、意味を付け足していたんですね。
面白かったのはその後。
その方は美術を学んでいたそうで、絵を描くのが大好きだったそうです。
不思議なのは、「ペンを持って動かす」行為は一緒なのに、「字を書く」ことと「絵を描く」ことはまったく繋がっていなかったようで、それが自分の中に落ちてきた途端、「字を書く」行為が楽しいものに変化しました。
面白いですよね。
好きなことと嫌いなことは、同じ動きだったとは。
なのに、「字を書く」と「絵を描く」時に違う動きになっていた。
わたしは「絵を描く」状態は見ていませんが、本人の中で違和感を感じていたのは「字を書く」ことだったので、違うことが起こっていたと推測されます。
「字を書く」と思った途端に、不必要な筋肉が作動したのでしょう。
そしてそれは、「字を書く」行為のパターンとして記憶され、その動きが姿勢を作ってゆく。
「勉強が嫌い」という思いは、常に「字を書く」行為の中に含まれている。
「人間」とは面白いですよね。
「姿勢」は「思い」でできている、とも言えると思います。
そして「嫌い」なことの積み重ねは、「体の不自由」を作り出す。
どんな「状態」で動くのか。
それはとっても重要なことなのです。
こういうことが教育で生かされると良いですね。
